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水素化ホウ素ナトリウムは還元剤のきほんの「き」

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カルボニル化合物の還元反応は、有機反応の中でも最も基本的な化学反応の一つです。

膨大な数の還元反応が開発されていますが、今回はアルデヒドやケトンの還元でFirst Choiceとしてよく使用される、水素化ホウ素ナトリウム(sodium borohydride: NaBH4)を取り上げたいと思います。

 

水素化ホウ素ナトリウムによるアルデヒド・ケトンの還元

カルボニル化合物の還元反応には、水素化アルミニウムリチウム(LiAlH4)を筆頭とする水素化アルミニウム試薬と、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)をはじめとする水素化ホウ素試薬がよく用いられます。

NaBH4は汎用される還元剤の中でも安価・安定・安全な試薬として知られ、多くの方が使用したことがあるのではないでしょうか?

NaBH4-fig.1

 

還元したいアルデヒドやケトンのメタノールもしくはエタノール溶液に対して、低温でNaBH4を加えると、C=O二重結合のLUMOであるπ*(パイスター)軌道に対してアート錯体であるBH4-が作用し、ヒドリドがカルボニル基の炭素原子に求核付加することで還元反応が進行し、1級アルコールもしくは2級アルコールのアルコキシドを与えます。

一つのH-(ヒドリド)を失ったBH3の空のp軌道に対して、先に生成したアルコキシドが付加することで再びアート錯体を形成し、理論上は1分子のNaBH4で4分子のアルデヒド・ケトンを還元できる優れものです。

ただ実際の反応ではカルボニル基に対して0.5〜1当量以上の試薬を用いて還元を行うことが多いです。

 

還元剤はH-(ヒドリド)を与える試薬なのですが、実際にカルボニル基のπ*軌道に作用するのはB-H σ軌道であり、H-ではない点 は覚えておきたい点ですね。

NaHなどのH-は塩基としては作用しますが、還元剤にはなりません。

 

NaBH4-fig.2

 

カルボニル基に還元剤が作用する際、C=O結合に対しておよそ107°の角度(Burgi-Duniz角)から還元が進行すると考えられています。

求核剤のHOMOとカルボニル基のLUMOであるC=O π*軌道の重なりが最大になろうとする力、求核剤のHOMOとカルボニル基のHOMOであるC=O π軌道上の電子が反発する力、二つの作用力が折り合いをつけたものが、このBurgi-Duniz攻撃角度であると言われています。

還元剤の侵入経路である107°上に置換基などで立体障害がある場合は、還元速度が遅くなったり、カルボニルの別の面からの還元が優先したりします。

 

環状ケトンであるシクロヘキサノンのNaBH4還元では、通常1,3-ジアキシャル反発よりもケトンのα位水素の1,2-相互作用が強く影響し、カルボニル基に対してアキシャル位から還元が進行します(axial attack)。

結果として生じる2級アルコールはエクアトリアル位の生成物が優先します。

大きな還元剤では立体選択性が逆転し、アキシャル位のアルコールを与えるため、NaBH4は同様の立体選択性を示すLiAlH4などともに「小さい還元剤」と考えられています。

 

添加剤の力でNaBH4還元の適用範囲が大幅に拡大

アルコール溶媒中で水素化ホウ素ナトリウムを作用させる通常の反応条件では、カルボニル基の中でも還元されやすいアルデヒド、ケトンおよび酸塩化物が選択的に還元でき、エステルやカルボン酸など他のカルボニル化合物を残しておきたい場合に重宝します。

 

α,β-不飽和ケトンであるエノンの還元反応では、しばしば1,4-還元と1,2-還元が競合し、生成物が複雑化するなど実験者を苦しめます。

特にNaBH4の場合、1,4-還元反応が優先する場合が多く、その使用には注意が必要ですね。

CeCl3を添加する条件下では1,2-還元が選択的に進行することが見出され、NaBH4還元の有用性を大きく拡張しました(Luche還元)。

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BF3·OEt2などの活性化剤を添加すると、これまで歯が立たなかったカルボン酸の還元も可能になり、対応するアルコールが得られます。特にヨウ素を加えてアミノ酸のカルボン酸を還元する反応は、安価な試薬で光学的に純粋なアミノアルコールを得る有用な反応条件です。

 

まとめ

水素化アルミニウム試薬に比べて共有結合性の高いB-H結合を有するNaBH4は、水中でも使用できるほどの安定性を持ちます。

アルデヒドとケトンの還元反応では真っ先に検討すべき信頼性の高い試薬であり、私も何度もお世話になった大好物の還元剤です。

 

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