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Wittig反応はリン-酸素結合の強さを利用したカルボニル基からのオレフィン合成法

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不飽和結合であるカルボニル基 C=Oやオレフィン C=C などの二重結合は、酸化、還元あるいは付加反応によって、数多くの官能基へ変換できる基盤官能基です。

それゆえ C=O 二重結合と C=C 二重結合の相互乗り入れは、分子変換の多様性がますます拡がる重要な化学反応と言えます。

カルボニル基をオレフィンに変換する際、現在でもFirst Choiceとして利用されているWittig反応(ウィッティヒ反応、もしくはヴィティック反応)について、今回は考えたいと思います。

 

Wittig反応ではP-O結合の強さが反応の駆動力

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アルデヒドやケトンのカルボニル基に対して、トリアリールホスホニウム塩と塩基から調整したリンイリド(phosphorous ylide)あるいはホスフォラン(phosphorane)を作用させると、ホスフィンオキシドの副生を伴いながらC=O 二重結合が C=C 二重結合に変換される反応です。

反応の駆動力(driving force)は非常に強い結合であるP=O 結合の形成であり、リン試薬を活用した有機合成の多くは、リン−酸素結合の形成によって達成されています。

 

イリドの種類で幾何異性体の選択性をコントロール

試薬であるリンイリドは、求核性炭素上の置換基の種類によって、不安定イリド、準安定イリド、安定イリドに分けられます。

例外はありますが、一般的に次のように分類されています。

 

不安定イリド・・・水素やアルキル基のみで置換されたもの

準安定イリド・・・フェニルなどのアリール基やアルケニル基など共鳴が期待できる置換基を有するもの、あるいはアルコキシ基が置換したもの

安定イリド・・・エステルやケトン、ニトリル、スルホンなど電子吸引基が置換したもの

 

これらイリドは、文字通りイリドの安定性に違いがあり、特に不安定イリドは使用する直前に試薬を調製するなど、それぞれの置換基に適したイリド形成が必要です。

また、アルデヒドに対して作用する場合、使用するイリドによって生成するオレフィンの幾何異性体が異なります。

不安定イリドはZ体(cis)を優先して与え、安定イリドはE体(trans)を生成するのが一般的です。準安定イリドは選択性に乏しく、E, Z-混合物を与える傾向にあります。

 

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これら選択性の違いは旧来、Wittig反応の想定中間体であるベタイン(betain)とオキサホスフェタン(oxaphosphetane)の生成過程と安定性によって決定されると考えられていました。

しかし最近の詳細な反応機構の検討によると、通常のWittig反応ではオキサホスフェタンが唯一の中間体であり、[2+2] 環化付加によってアルデヒドとリンイリドから直接形成されると提唱されています。

スプラ−スプラ型の [2+2] 環化付加は対称禁制のため、オキサホスフェタンを形成する際、C-C 結合に対してリン原子と酸素原子がゴーシュになるように接近すると言われています。

ハモンドの仮説によれば、不安定イリドの場合は遷移状態が原型に近く(early transition state)、カルボニル基の置換基が擬エクアトリアル(pseudo-equatorial)に配向した遷移状態(TS)を経てオキサホスフェタンが形成され、Z体(cis)を優先して与えると考えられます。

一方安定イリドでは、エステルなどの電子吸引基の双極子(dipole)とアルデヒドのカルボニル基の双極子が打ち消し合うように [2+2] 環化付加が進行して(dipole-dipole interaction)、オキサホスフェタンを与えます。結果として得られる生成物は E体(trans)となるようです。

まぁ、溶媒やカウンターカチオン、反応系内の塩の量や置換基によっても選択性は様々ですので、不安定=シス、安定=トランスだけ覚えておけばOKだと思いますよ。

 

選択性を逆転させるSchlosser-modified conditionなど様々な変法がありますが、長くなりますので、また別の機会に。

 

まとめ

 Wittig反応はマイルドな反応条件でも十分に進行しうる、強力な C=C 二重結合合成法です。官能基選択性も高く、いろいろな場面で活躍してくれますね。

欠点は、大量に副生するトリフェニルホスフィンオキシドの除去がそれほど簡単ではないことですかね。

生成物をジエチルエーテルに溶解させて、大部分のホスフィンオキシドを取り除くことができる場合もありますが、研究室ごとのノウハウがありそうなところ。

オススメの除去方法、誰か教えてくれないかなー。

 

関連記事です。

 

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